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観球子と占星術


 

 観球子(カンキュウシ)と占星術(アストロロジー)のつき合いも、随分と長いものになった。しかし実を言えば、ただ長いというだけのことであった。種々の資料を集めて様々に調査、検討を繰り返すのだが、どうも歯がゆさが残るばかりで、満たされない状態が続いていた。分かったようで、もう一つ確信が持てない。なんだか変だ、矛盾しているようだ。そんな感覚を持ちながら、何となくつき合ってきたとも言えようか。一生懸命やってはいるのだが、どこか傍観者的でもあった。核心に迫れないのである。そうした状態で、ズルズルと歳月だけが経過していった。

 10年ほど前に読んだある本が、観球子の考え方を大きく変えることになった。マリオン・マーチとジョウン・マクエバース共著の、占星術学習のシリーズ本(邦訳あり)である。現代アメリカの占星術学習の集大成的な本で、広範な分野に及ぶ情報量の多さにまず驚かされた。ただ情報量だけをとるならば、他にもいろいろな書籍があるであろう。観球子が衝撃を受けたのは、両著者による「やってみなはれ」精神の勧めである。占星術には実に多くの手法が混在しており、その中でどの手法を採用するかは、実践者が決めることである。実際に使ってみて、自分が一番良いと思うものを選べはよい、というものである。

 

 至極当然で、何も感動するようなものはないと思われるであろう。現在の観球子も勿論そう思う。だが当時は全く違っていた。そもそも占星術というものは、古代から連綿と受け継がれて来たもので、後世の実践者は、優れた先達が確立したものを丹念に学習、修得するだけである、との思い込みが強すぎたのである。古来から積み上げられてきた教典を金科玉条として、ひたすら習得、実践に励み、そこから逸脱してはならないといった、ある種の教条主義的な考え方に陥っていたのである。観球子が一人勝手にそう思い込んでいただけのことではあるのだが。

 しかし、この「やってみなはれ」精神の勧めで、すべては一変した。長年に渡って自らを拘束してきた、狭量な教条主義のクビキから解き放たれて、自由な精神で思考することができるようになった。自分で種々試してみて、納得のいく方法を見つけ出す。納得がいかなければ、新しい手法を考え出す。時間はかかるが、有意義で、楽しく、やりがいのある方法である。もちろん最初の内は、はかばかしい成果はなかなか上がらないが、年の単位で積み上げていけば、それなりの形ができてくるものである。

 

 いろいろと試行錯誤を繰り返しながら、自分なりの手法を確立していく上で大いに助けとなったのが、パソコンとソフトウェアの存在である。ウィンドウズと、使いやすく、高機能、高精度な占星術ソフトの登場が、こうした作業の効率を飛躍的に高めてくれた。「やってみなはれ」精神、パソコン、占星術ソフトが三位一体となって、観球子の試みを後押ししてくれたわけである。

 占星術ソフトが登場する前は、占星術計算の大前提となる暦の入手自体が、先ずもって一大事であった。やっと入手しても、概ね1850年以降のもので、それより以前のものは存在すらしなかった。信長、秀吉、家康の戦国三英傑の出生天球図を描くなどということは、夢のまた夢でしかなかった。しかし、現在の高機能占星術ソフトを利用すれば、ローマ帝国の皇帝の出生天球図でさえ、いとも簡単に描くことができる。もちろん精度を落とすことなく。まさに隔世の感ありである。

 

 インターネットの出現も、占星術に携わる者にとっては画期的な出来事であった。主に海外を中心とした占星術、天文のソフトウェア、書籍、情報の蒐集、購入等に今では欠かせない存在となっている。自宅に居ながらにして、カード決済ですべてが完結するシステムは、一昔前には全く考えられなかったことである。もっともインターネットが、占星術に限らず、ありとあらゆる分野に多大な影響、恩恵をもたらしていることは周知の事実であるが、占星術のようなマイナーでニッチな、代替手段の限られた分野では、とりわけ効果的であったと考えている。

 世の中便利になりすぎると、人間の方が退化するとよく言われるが、現在のこの恵まれた有難い時代環境に感謝しつつ、今後も占星術分野の研究に、たゆまず精進していきたいと考えているこの頃である。

 


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